社会的“追い風“が

最近の社会的諸問題が"追い風"となって吹き出してきた!!

 最近全国的な社会問題・話題が必然的な"追い風"となり、提言してきたことの"証"的な流れにもなってきました。そのことについても、要点のみまとめておきたいと思います。

生かされ活きる新しいスイミングクラブ

"いじめ・自殺問題"からは、約20年前から提言・展開・発信してきた!

  1911年滋賀県大津市での"いじめ・自殺問題"がクローズアップされました。そして、教育委員会の存在を始め、多くの諸問題が表面化しました。
 私は、その18年前に、同じく全国的な話題となった愛知県西尾市で大河内清輝君の"いじめによる自殺問題"から、教育長に提案し、"不登校児のための水広場"を開くコーディネートをしました。
 結果的には、民間スイミングクラブ主管で、行政・教育委員会参画・協力型の"生涯学習シンポジウム"にて、民間のスイミングクラブが学校の出席扱いが教育長よりその場で発表され、その実際を全国発信しました。まさに、再び全国的な話題となった"いじめ・自殺問題"の真逆の環境創りの実際をすでに20年前に提言・発信したことになったのです。

幼児への集団的な水泳・体操指導は、"逆効果"と発表された!

 体育関係者の研究が報告され、全国紙に「幼児の"運動指導は逆効果"(2008年2月24日―毎日新聞)と発表されました。そして、NHKでも取り上げられ、全国的な話題となりました。
 私は、このことを30年程前から提言し、幼児・保護者のための"水中活動倶楽部"創りを示唆・提言・アドバイスしてきました。この倶楽部は、幼児期に一方的な泳法を教えるのではなく、水中活動を通して子育ち・子育てを、保護者とスタッフが共に学び合いながら、"共同子育て"を展開する環境創りでした。
 まさに、全国の研究者チームが調査をし、気づいたことを、私は30年前から示唆・提言してきたのです。余談ですが、この研究発表の代表者の方に、私の"提言・歩み"に対して"大変心強く思っています! "とご一報をいただきました。

"体罰"が、社会的問題となり"命令的指示から育む"への提唱が!

 2013年大阪市立の高校で、体罰を受けた生徒が自殺したことから、教育界で"体罰"が話題となりました。年配者のなかには、愛のムチ論があるなか、悪質な体罰と共に「教師・指導者が精神論に結びつく恐ろしさ」に気づき、再確認されました。
 そして日本全体で、私が長年提唱してきた「一方的かたちを教え込むと二方通行の対話のなかから」・「命令的指示と育む」の違いに気づかなければならない問題となりました。

子どものスポーツが"一方的な習い事観"から"自らの愉しみ・自立・活力からの
人間形成・生涯教育観"への気づきが始まった!

 こうした流れのなかで、ようやく子どものスポーツが何んのために行うのかへの気づきが始まりました。
 それは、後に紹介する柔道のハラスメント問題と結びついていったのです。そして、具体的な話としての海外の愉 しむ柔道の習い事との比較による違いによっても、気づきが広がっていったと言ってもいいでしょう。
 まさに、子どもへのスポーツが目先的な"一方的な習い事観"から育み合う"生かされ活きる人間形成観"への"幕開け"とも言える時代に入ったのです。


生かされ活きる新しいフィットネスクラブ

高齢者の"生きがい"への環境創りがクローズアップされてきた!

 日本の高齢化社会のなかで、高齢者の生活環境やライフスタイル観が、一気に社会問題と結びついてきました。日本にフィットネス・スポーツクラブが、全国展開される前の私のクラブ創りアドバイスは、日本の高齢化社会へ向かうなかでの"生きがい観と健康観"を結びつけるものでした。その時は、この業界全体が余りにも先取りした提言に、耳を貸さなかった現実の流れがありました。 ようやく今日、社会問題としてクローズアップされてきました。

健康保険制度の見直しと共に、治療的健康観から予防的健康重視観への変容!

 国の予算上からも、 健康保険制度も見直されると同時に、出来るだけ医者にかからないクスリ漬けにならない健康観が、一気に広がりました。同時にそこには、一面的な身体的トレーニング観から生活全般の見直し観の変遷とも言える流れがあります。

厚生労働省の「健康日本21」の広がり!

 21世紀の日本を、国民が健やかで心豊かに生活できる活力ある社会とするため、壮年期死亡の減少、健康寿命の延伸及び生活の質の向上を実現することを目指す具体的運動が、厚生労働省の提唱で2000年度から始まりました。 まさにこの運動が、国民全体で支え合う健康観の流れへの新たな節目のひとつとなっていきました。

世界的健康の定義に"スピリチュアル"問題がクローズアップされた!

 1998年のWHO(世界保健機関)理事会で、WHO憲章前文にある「健康」の定義について改正案がまとめられた話題が世界に広がりました。それによると、 従来の「肉体的(フィジカル)・精神的(メンタル)・社会的(ソーシャル)」の三つの面に、新しく人間の尊厳なども視野に入れたスピリチュアル(spiritual)を加えました。そして総会の議題となりました。
 そうした会議の議論は、「健康」のためには生きている意味や生きがいなどの追求や、生活の質を本質的に考えなくてはといった問題提起でもあったようです。つまり、生活の本質からの「健康観」が必要と提起されたのです。

"スポーツが何のために!"が問題に!

 2013年の柔道女子日本代表監督らの暴力・パワーハラスメント行為の告発による、日本のスポーツ競技の見直しが始まりました。しかも、日本の代表的競技種目からの反省・見直し論でした。その見直し論は、すでに戦術化してしまったスポーツと、そのコーチングについてでした。そして、何のための"スポーツ"といった、日本の現状からの反省にも結びついていったのです。次回のオリンピックに向けても新しい展開が急務でしょう。


 ここでこうした社会的諸問題の"追い風"となってきた背景のひとつとして、歴史的要因のひとつを私なりにあげておきましょう。 「メンタル」を「心」と訳していたら! それは先に紹介した半世紀前のWHOの「健康」の定義の日本語への訳が、問題のひとつの根源であったという視点です。つまり、physical・mental・socialを肉体的・精神的・社会的なと訳してしまったところに、方向性・展開に微妙な誤差が生じたと思われることです。それは、このmental を「心」と訳さず、「精神」と訳したことです。そこには、日本古来の「精神一到何事か成らざらん」的武士道の存在そのものも無視できない背景を含む要因があったのでしょう。
 先にあげた日本の急激な社会問題と結びついていたのが、この「心」への訳と「精神」の訳の違いにどこか結びついていると言ってもいいのではないでしょうか。
 スイミングクラブは、水を通して子どもらしい"心"からの"活力"を育み、フィットネスクラブは、"心"から"健康"を育む場とするなら、その環境創りも一転していくのです。

新しい人間形成・健康づくり観に、必要とされる"新しい環境創り思考"が重要視される時代へ!

 これらの流れを総称すると、いろんな分野からの諸問題に、必要とされる新たな気づき・新生観が"追い風"となって吹き出してきたのです。
 私は、まさに二一世紀の"序幕"的なものを感じています。そして、少々気恥かしいのですが、私自身の人生的なライフワークの一つの集大成観(感)との結びつきを感じています。
 全国的な"追い風"的諸問題を背にし、「生かされ活きる新しいスイミングクラブ・フィットネスクラブ」創りの"礎"になれば幸いです。

「フィットネスクラブ革命」(不昧堂出版)プロローグより