活力ある活力健康倶楽部

活力と生涯学習をテーマにする

 私達の生活は、21世紀にもちがちだった従来の価値観から、大きく変化し始めている。その変化とは、人間の生命・生活の礎となるものの見直しかも知れないし、再び気づき始めてきたのかも知れない。
 その見直しは、自分という限られた生命体から眺めるのではなく、宇宙観から眺める人間観という視点が、今までとは異なる広がりをみせてきた。
 それは、宇宙観・地球的な眺め方や環境問題に始まり、人間の生き方にも結びついていく。大切なのは、自然と人間が一体・共存していくことへの見直しや新たな気づきといった視点である。それは、自然と人間が生かされ活きている事実であり真実である。表現を変えると、エネルギーとエネルギーの相関関係や繋がり、結びつきとも言える。現実に人間の生命力には、人間の目で見えるもの、見えないものがある。余談であるが、日本に"フィットネス"という用語が入ってきた50年ほど前、私は"自然への適応・適合"からの健康観と自分なりに解釈したことを覚えている。
 そこには、生かされ活きている「活力」が存在している。私達生命体が生かされ活きているのは、大きな事実・真実である。
 現に、WHO(世界保健機関)の1998年の理事会で健康の定義(肉体的・精神的・社会的)にスピリチュアル(霊的・霊性)を加える動向があった。スピリチュアルの公式訳語はともかく、生命の本源からみた「活力」は、21世紀の大きな意味をもつ言葉のひとつと言ってもいい。人間の生活・ライフスタイル全てに結びつくのが、「活力」ある生活、「活力生活」と言ってもいいのではないだろうか。
 そこで大切となってくるのが、日頃のレジャーライフと「活力」ある生活を結びつけるテーマとなってくる。このテーマこそ、この業界が目指すべき大きなテーマとしていきたい。そこで「レジャー」の語源について少し触れておきたい。「レジャー」の語源は、ギリシャ語の「スコーレ」である。「スコーレ」は、本来人間が成長していくために必要とされることを学んでいくことを意味し、学校の「スクール」と同一語源である。
 つまり、"人間の活力を育む学びの環境創り"というコンセプトに立つことによって、この事業の可能性と使命が無限に広がってくることになる。そして、その環境創りの"場"を倶楽部にすることによって事業がより具体化していく。活力を育む生活・ライフスタイルを提案するための環境・方法創りを創造していけばよい訳である。私は、それらを総称して、この業界の展望を生活提案型・創造事業と位置づけてきた。
 最後に、冒頭の"スイミングクラブの新たなる使命"でも強調した水とのふれ合い、人間の原体験からの活力を育む場としての環境創りをあげたい。それは、単なる泳ぎというテーマの運動観から、自然の一部である水とのふれ合い・原体験による活動観に置き換えることによって、この業界の可能性・提案が無限に広がっていくという視点である。その結果として、プールをベースとする事業の使命と誇りは、広がるばかりである。現に、こうした視点は広がりつつあると言ってもいい。
 水との原体験は、人間がこの世に誕生する以前から、母親の胎内の羊水にて心地よい活力を育む水中活動をしてきたという現実と真実である。人間が、水に"生かされ活きる"ということ、具体的には心身ともに"愉しい" "癒される"ということ、そこに倶楽部会員・スタッフという仲間より"生かされ活きる"ことになる。つまり、プールをテーマにした活力ある活力健康倶楽部は、水とのふれ合いのなかで他力と自力というエネルギーの相関関係、繋がり・結びつきのなかで、人間としての活力を育むことになる。そして、そうした過程で無意識的に"生涯学習"をテーマにした学び・育み合いを体験していくことになるのである。
 こうしたグローバルな本質論の視点から具体的な歩みへの展開に、スイミング・フィットネスクラブ再生のキーポイントがある。その再生の具体例として、活力ある"健康生活倶楽部" "水中活動倶楽部"創りの実際の紹介と共に、示唆・提案したい。

健康生活倶楽部創り

 私の健康(活力)生活倶楽部創りの提案は、30年ほど前からスイミングクラブ変革提案と共に、倶楽部ライフ創り提案の延長線上にあった。それは、新たに全国に誕生してきたフィットネスクラブへの示唆・提案と重なっていた。そこには、民間クラブだからこそ、ジムやセンター志向ではなく倶楽部創り志向の大切さに気づいていただきたい思いも含まれていた。それはスイミングクラブと同様に、倶楽部ライフ創りという共通したテーマでの提案であった。
 今から振り返ると、私の日本型の健康生活倶楽部創りの提案イメージは、日本にフィットネスクラブが導入される前にあったのかも知れない。
 日本のこの業界が、アメリカの社会的背景も考えずして、ハード・ソフト両面からアメリカのフィットネスクラブそのままを導入し展開しようとしていたことに、強い不快感をもっていたことを思い出す。例えば、アメリカの文化、アメリカ人の気質、日本のような健康保険制度がないこと、肥満体型とビジネスチャンス、雇用契約の仕方と内容、教会に通う生活・・・挙げればきりがなかった。もちろん、日本人の気質、健康保険制度、仲間感、健康生活感、世代間の感性のちがい、愉しさ,何かを始めること、世間体・・・と、その違いは述べるまでもない。特に、全国展開している企業に強い模倣観があり、小さな企業もさらにそれを模倣し、目標にもしてきた。
 現に私は当時、この業界大手のピープル(現在・コナミスポーツ)の顧問をし、スイミングクラブの社会教育・生涯教育の視点からアドバイスをしていた。そして、エグザスというフィットネスクラブ導入の商品開発会議に、唯一のアドバイザーの立場で参画していた。その時、全くそうした考え方や導入展開にならないことに、大きな危惧と不満を感じていた。この時、日本型の健康生活倶楽部創りの新たな提案をする時期が来るのではと、自分に言い聞かせていたことを今でも覚えている。その時、全国に広がるフィットネスクラブづくりで共感したのは、業界紙による養鶏場のブロイラー的イメージ表現であった。入会した会員は、ジム(ブロイラー)に入り、マシーンと共に孤独なひと時を過ごし、帰っていく。こんなつらいことが、どうして長く続けられるのか、不思議さを感じていた。現にこの業界は、チラシによるキャンペーン入会者は長続きしなく、退会者との人数バランスはザル現象という壁にぶつかった。
 当時(30数年前)、私が著作や講演で力説していたのは、高齢化社会になっていくなかで、愉しいサロン、"快"を求める居場所、仲間と愉しめる倶楽部として何を提案し、どう環境創りをしていくかという原点である「生涯学習観からの提案」であった。
 例えば、プールは長方形でなく、水につかり歩くだけの人が主人公になり、おしゃべりをも愉しむ場にする。トレーニング・マシーンルームは、機能性だけを求めるのではなく、笑いや会員同士のコミュニケーションを第一のテーマにコーディネートする。オープンスペースは会員のサロンにし、自己実現・自己表現の場にする。水着を着て男女同じ大きなジャグジーに入り、おしゃべりをしながら快適なひと時を過ごす、クラブマナーも会員が学びながら創っていく・・・いろいろな提案をしていた。
 つまり、会員がクラブから何らかの一方的なプログラムを提供されたり、指導される場が主でないことを指摘したかった。それは、会員自らが愉しさや心地よさを体で育み、知っていくといった自立・自力という視点にあった。そして、それを生活リズムにしていくことが活力を育むことになる。会員自らが活力を育む場にしていけばいくほど、会員同士の活力の育み合いの場へとさらに相関関係で発展していくという、私の思い・願いがそこにあった。
 当時のフィットネスクラブは、"頑張る!"さらに"頑張る!"そして、スタッフが帰りに"お疲れ様!"でしたと語りかけてくる。それは、一部の"耐えることを楽しみとしている人々"のためのような気がしてならなかった。当時の私の示唆・提案は、それに対しての答えであった。
 そうした私の考えに賛同していただいたのは、顧問として直接アドバイスをしていた浜北スイミングプラザ(静岡県浜松市)のオーナーであった。
 そうしたハード・ソフト両面に、私の提案を取り入れていただき、1998年にSPJライフスポーツプラザとして健康生活倶楽部を目指すこととなった。設立へのコンセプトは、全国のフィットネスクラブの模倣はしないで、全世代型・健康生活倶楽部を創っていくことにあった。
 簡単に解説すると、全国に話題を発信した全国初の屋内の歩行専用・流水エンドレスプールを始め、会員のコミュニケーションをテーマにしたジャグジー創りからチャレンジしていただいた。また、ソフト面も、会員一人ひとりを大切にした支配人の面談、会員とスタッフで運営していくといった主旨で定期的に開催するSPJ活性委員会、会員とスタッフで創っていくいろんなサークルとイベント・・・挙げればきりがない倶楽部ライフ創りをしてきた。もちろん、そうした結果として、会員の平均退会率も2%未満をキープしている。
 一方では、北は北海道から南は沖縄まで、100社の企業から学びの見学が絶えない倶楽部となった。そして、私の直接アドバイスは、20年目を迎えようとしており、さらに全国で珍しい活力ある健康生活倶楽部として注目されている。
 さて、貴クラブも活力ある健康生活倶楽部創りにチャレンジしませんか!

水中活動倶楽部創り

 佐野豪の『業界変革提案の歩み』のところで紹介したが、業界への示唆・提言のなかで幾つかの質の異なる節目的なものがあった。そのなかのひとつを紹介しよう。
 それは、"遊び"といったテーマが広がった20年ほど前のひとつの節目である。それには、三つの背景がある。
 ひとつは、設立へのアドバイスを私に求めに来られ、設立後の直接アドバイスの集大成として-佐野豪のニューライフ選書№2-『水と遊び、水に学ぶ』(佐野豪・水口スポーツセンター編著・1994年・不昧堂出版刊)を公刊したことにある。二つ目は、(社)日本スイミングクラブ協会主催の経営者セミナーにおいて、パネラー講師・記念講演講師役を2年にわたり務めさせていただいた。その時、水口スポーツセンターの現場レポートも加わった。三つ目としては、その後"「遊び」を考えるスイミングクラブ研究会"があった。第1回は、私の基調講演から始まった。第2・3回は、共に私の基調講演と共に、コーディネーター・アドバイサーを務めたシンポジウムがメイン・プログラムとなった。このシンポジウムは、行政から市長・教育長・議員、そして評論家・クラブ代表もパネラーになっていただき、県・市町等の地域の教育委員会等の後援も得て開催された。
 そんな背景の流れのなかで、"遊び"といったテーマが、全国のこの業界に広がることになったのである。
 しかし、全国の多くのクラブではどちらかというと、考え方をしっかり全スタッフと共に共有しながら学びの研鑽を重ねていくといった過程ももたずに、言葉のみが先行されていった。当時、目先の方法論としてのプログラム導入や、各クラスの最後に"遊び"を取り入れるというクラブも少なくなかった。
 私は、そんな目先的な導入に対して、なんとか本質的な学びから入っていただき、広まらなくてはと大変な危惧をしていた。どうしてもハウツーや目先のテクニックに走る業界の体質に対して、本質論からの変革をという思いを、先のフィットネスクラブと同じく、改めてもつようになっていた。
 そうした時、私の直接アドバイス先のそれぞれのクラブにて、時期は少々異なったが、本質論を10ヶ月ほどかけて学びながら、本物志向の幼児のクラスを導入していきたいという歩みへの要望があった。私の思いは、この直接アドバイス先のクラブと共に、水中活動倶楽部の実際を数年間共に構築することになった。その集大成を『スイミングクラブ革命』-子ども・保護者・スタッフが生かされ活きる水中活動倶楽部inスイミングクラブ-選書№10・佐野豪・活力健康倶楽部創りネットワーク編著・不昧堂出版刊)として公刊し、全国発信することにした。
 もちろん、この本は幼児の"水慣れクラス"といった考えやクラス設定の矛盾にも気づいていただけるように、本質的な視点・テーマから解説した。そして、私のライフワーク集大成からの業界変革の示唆と、水中活動倶楽部創りのネットワークの皆さんとの座談会をも加えた。
 先の"健康生活倶楽部創り"にも触れた人間と水との原体験から解説をし、保護者との"共同子育て観"をコーディネートした倶楽部創りの提案と実際を紹介した。どのクラブも、そうした展開の結果として、引越しや母親のお産の理由以外の退会者がほとんどでないという信頼される水中活動倶楽部として展開していることを付記しておきたい。
 日本全国のスイミングクラブ・スタッフが、新たに人間の原体験観・子育て観・保護者の生涯学習観…等を学ばれ、クラブの使命と誇りを再構築されることを願っている。そして人間形成の礎の場として、新たな環境創りを発信して行こうではありませんか!
 それは、サッカー・テニス・体操・・・といった運動や競技種目ではない、水とのふれ合いのなかでの水中活動にこそ、その可能性が大きく開かれるものと思っている。