
泊スイミングクラブ新田は昭和58年に設立されたスイミングクラブです。一般的な水泳を指導する教室でした。10年ほど前から毎年会員数が減り、倒産の危機にありました。私は藁をも掴む思いで、以前目にしたことのある「体力健康新聞」(現在、クラブ・パートナー)でスイミングクラブ変革提案の第一人者・佐野豪先生に顧問として直接アドバイスをお願い致しました。
アドバイスは平成17年1月から毎月、休日を利用して社員・パート・アルバイト全員参加での合同ミーティングを中心に、いろいろな角度からやっていただいております。その間、戸惑いあり、感激あり、反発ありでしたが、佐野先生にはやさしく思いやりのある変革へのエネルギーをいただきました。それは遠回りのようですが、最も近道の歩みでした。そして、そのミーティングを始めて4か月で、10数年来で初めて数字的にも右肩上がりになり、スタッフ全員で感動と驚きの節目を迎えました。
1年数か月を経過した現在、スタッフ全員が佐野先生と共に目を輝かせ、愉しみながら未来へ向かって仕事に邁進しております。
今私は、まさにスタッフが「生かされ活きる」ことが何なのかを実感しております。スタッフはすばらしい能力をもっております。その能力を、オーナーが抑えたり、摘み取ってはいないでしょうか。オーナーの仕事は、スタッフが能力を発揮できる環境を提供することだと私は思います。
ぜひ、その新たなる環境を提供してあげてください。きっと、あなたのクラブスタッフも「生かされ活きる」でしょう。そして、新たな活力ある倶楽部創りへ歩み始めることができるでしょう!
スタッフが、人間として成長を始めた!
まず、節目的な結論から力強く述べさせていただきたい。それは、自分自身はもちろんのことクラブ全体に自信がもて、不安が消えていったことです。具体的には、仕事をノウハウとして考えることが大きなまちがいであったことに気づきました。そして、会員・保護者とは、人間対人間としておつき合いしていくことが、本来の仕事であるという本質的な気づきができました。そうした結果として、会員・保護者・スタッフが一体となって倶楽部ライフを愉しみ、長い年月倶楽部として活性化し、持続していくことを学ばせていただきました。こうした気づき、学びから自信をもてるようになったのは、佐野先生からの本質的・原点的なお話しと共に、スタッフが人間としてお互いに学び合う環境創りへのコーディネート・アドバイスをしていただいた御蔭と思っています。
今や、スタッフ一人ひとりが、会員・保護者と共に、愉しく長い年月のおつき合いを、無意識のなかで育む本来の倶楽部になったような気がします。最初の先生との合同ミーティングは、不安から始まりました。そして、その不安が大きな興味になり始め、少し分からなくなり、少しずつこの展開に感動と共に、人間としての"生きがい"に結びついてきました。同時に、会員とのかかわり・対応に大きな変化が育まれてきたのです。それが、いつも先生が言われているスタッフ同士から会員・保護者同士の"生かされ活きる"に結びついていったのです。人間と人間の愉しい"活力"を育み合う倶楽部にみごとに蘇ったのです。まさに、先生の本質的な総論から始めたことが、具体的な"活力健康倶楽部"として生まれ変わり始めたと言ってもいいでしょう。
具体的な変化例を紹介しましょう。まず、会員・保護者共に、倶楽部を生活の居場所のひとつにしていただいてきたことです。その結果として、会員・保護者共に新たな関係が自然に生まれ、笑みの環境も育まれました。そうした居場所から「スタッフ・クラブが変わりましたね!」といった会員からの笑みある語りかけが多くなりなりました。今日のミーティングでも報告されましたように、こんな会員の声もありました。「今年の2月頃は、会員数がすごく減っているのを感じていました。ところが数か月した今は、下駄箱の靴もいっぱいになり、会員が増えましたね」「これはあなたたちが"本物の倶楽部創り"をはじめた結果ですよ」・・・こんな感動ある喜びとお褒めの言葉をいただくようになりました。こうした会員さんの言葉が全てを物語っているように思っています。
マイティスイミング倶楽部の取り組み
(有)グロウス・スポーツは、平成17年7月6日に設立しました。マイティスイミングスクールは、平成18年4月に"旧アネックス"に移転し、"マイティスイミング倶楽部米沢"に名称変更し、5月より新たな直営クラブとして再オープンしました。
佐野先生には、10年程前にセミナーで何回かお会いし、学ばせていただきました。その後も、先生の提案・提言を活字から学んできました。おかげで、10年間の空白はほとんどないと言ってもいいかも知れません。
第1回の先生とのミーティングを始める時、スタッフの中には半信半疑の人もいました。しかし、終了後、そして2回目はすっかり佐野先生を信頼するようになりました。まるで何年も前からおつき合いしてきたかのような信頼関係が生まれ、心もうちとけてきたと思います。そして、スタッフがそれぞれ自らアドバイスを求めるといった関係になりました。私の願っていた新たなる倶楽部創りのスタートラインにつけたのではと喜んでいます。これから、スタッフのみんなと知恵を出し合いながら前に進んで行きたいと思っています。全く新たな歩み・展開ですので少々の不安もありますが、スタッフ一人ひとり、そしてこの流れを信じてやっていきます。
以前、私が勤めていた立場であったために出来なかった多くのことを、ひとつひとつ実現していきたいと思います。
佐野先生が直接アドバイスをされているクラブの実情を知れば知るほど、皆さんが自信をもって働いておられる姿が伝わってきます。私達の倶楽部も、そうした使命と誇り感をもった倶楽部創りをしていきたいと思っています。
大木社長のクラブ変革への取り組み
6月より私の直接アドバイスを始めたマイティスイミング倶楽部(山形県米沢市)と大木鶴義社長について紹介しよう。彼との感動的な再会と、顧問として直接アドバイスに入り、第1回ワークショップを愉しませていただいた。大木氏とは、10年程前に私のセミナーに何回か参加していただき顔なじみでもあった。また、特に印象的だったのは、こんなエピソードがあったからとも言える。私のセミナー受講後に、新クラブを"大人のためのスイミングスクール"と称した案内状をいただいた時のことであった。私は、この案内状を受け取ると同時に、スクールと倶楽部は全く意味が異なり、もう一度名称を考え直してはと、電話にてアドバイスさせていただいた。当時は、一人の社員として所長を務めていたために、彼の思いとしてあった私の直接アドバイスが実現しなかった経緯があった。
そして本年、体力健康新社主催の「第1回クラブ変革セミナー」にて再会することとなった。その時は、昨年新たな会社を設立し代表となり、私の直接アドバイスを受けたいという気持ちで、ご夫婦で参加された。もちろん、翌月に顧問として直接アドバイスを始めることになった。
まず紹介したいのは、会社を訪問した初日のことである。私が感動したのは、私が活字で提言をしたあらゆるものをファイルしていたことだった。クラブパートナー誌前身の「体力健康新聞」はもちろん、「クラブパートナー」や主なる拙著それぞれに付箋を貼り、整理されていた。私はこれを拝見すると同時に、10年間程のタイムトンネルの時間差がなくなり、逆にその間も活字を通して私のアドバイスを受けていただいた関係であることに気づき、大きな感動をさせていただいた。
私のワークショップの初日は、大木氏にしてみると逆に長年待ちに待った日となったのである。本人にしてみると、自分が社長になったことで実現した日でもある。
私は、他のクラブと同様な導入で始めた。それは、私のライフワークの集大成をテーマに自己紹介をし、業界とのかかわりを解説していくことから始める。そして、スタッフ一人ひとりの自己紹介と職場での今の気持ちを本音から語っていただくという展開である。ミーティングを始めて1時間程すると、一人ひとりが涙するといった場面となった。その涙は、私の話を聞いての感動と、新たな心機一転への思いを込めたものであった。まず、長年スタッフを務めてきた主婦のパートスタッフの仲田由美さんが、新たな期待を込めた涙を流されながら抱負を語る。それに他のスタッフが続いていった。そして、佐藤則幸専務の番となったのである。佐藤専務は長年郵便局長をされ、リタイアして今の職務をなさっていた。特に私の提案するスタッフ同士が生かされ活きる職場創りに感動していただいた。「人生の中でこんな感動は仕事の中にはなかった」と語られ、涙と共に言葉を詰まらせる場面となった。もちろん、そうした展開に大木社長も涙を浮かばせていた。余談であるが、昨年アドバイスをした泊スイミングクラブ(沖縄県那覇市)と全く同じ涙と本音の最初のミーティングとなった。
